お盆に帰れない夏。海外の家族へ気持ちを届ける、ギフトカードという方法
*公開日: 2026年8月3日*
2026年も、8月がやってきました。
今日は8月3日。あと10日ほどで、お盆がはじまります。
毎年この時期になると、実家の仏壇にお供えをしながら、ふと思うことがあります。私たちは「お盆だから帰省する」「お盆だから何か贈る」ということを、当たり前のようにやっていますよね。でも、そもそもお盆って、何のための日だったんでしょうか。
海外に子どもが留学していたり、パートナーが単身赴任していたりすると、お盆に「帰れない」ことのほうが先に気になってしまいます。今年は少し立ち止まって、お盆そのものの意味を調べてみることにしました。知れば知るほど、離れて暮らす家族との距離の感じ方が、ちょっとだけ変わった気がしています。
お盆は「ご先祖さまが帰ってくる日」だった
お盆は正式には「盂蘭盆会(うらぼんえ)」と呼ばれ、仏教の行事が起源とされています。
ざっくり言うと、ご先祖さまの霊が、一年に一度この時期にこの世へ戻ってくる。そのご先祖さまをお迎えして、もてなして、また送り出す。それがお盆の本来の意味なんですね。
だから「お盆に実家に帰る」という習慣も、もともとは「ご先祖さまと一緒に過ごすために家族が集まる」という発想から来ているそうです。私たちが自然にやっている迎え火や送り火、精霊馬(きゅうりやなすで作る馬と牛)にも、ちゃんと意味がありました。
迎え火は、ご先祖さまが迷わず帰ってこられるようにという目印。送り火は、無事にあの世へ戻れるようにという願い。精霊馬は、来るときは早く、帰るときはゆっくりという、なんとも人間らしい気遣いの表現なんだそうです。
そういう由来を知ると、お盆って「休みだから帰る日」ではなく「誰かを想って迎える日」なんだなと、あらためて感じます。
地域によって全然違う、お盆の顔
お盆は全国共通の行事のようでいて、実はかなり地域差があります。
たとえば東京など一部の都市部では、新暦の7月にお盆を行う地域があります。これは「七月盆」や「新暦盆」と呼ばれるもので、多くの地方で行われる8月13日から16日の「月遅れ盆」とは、時期が異なるだけの同じお盆の行事です。今年、私たちが迎える8月のお盆も、この月遅れ盆にあたりますね。
また、京都の五山送り火や、長崎の精霊流しのように、地域によってはお盆の締めくくりに大きな行事があるところもあります。私は数年前に一度だけ精霊流しを見たことがあるのですが、灯籠が川面をゆっくり流れていく様子に、思わず声を失ったのを覚えています。にぎやかなのに、どこか静かで。あの感覚は今でも忘れられません。
こうして調べていくと、お盆はただの「夏休みイベント」ではなく、地域ごとに大切に受け継がれてきた文化そのものなんだと気づかされます。
「帰れない夏」だからこそ気づくこと
とはいえ、現実には帰れない年もあります。
留学中の子どもや、海外赴任中のパートナー。国際結婚で海の向こうに暮らす家族もいるでしょう。飛行機の距離とスケジュールの都合で、今年のお盆はどうしても一緒に過ごせない、という人も多いのではないでしょうか。
私も去年、アメリカにいる姪っ子家族がお盆に帰ってこられなかったとき、正直なところ少し寂しい気持ちになりました。でも同時に、こうも思ったんです。ご先祖さまを想う気持ちも、離れて暮らす家族を想う気持ちも、根っこは同じなんじゃないかと。
お盆の本来の意味が「誰かを想って迎える時間をつくること」だとすれば、それは物理的に同じ場所にいなくても、できることなのかもしれません。電話で近況を話す。写真を送り合う。仏壇に手を合わせながら、遠くにいる家族のことも一緒に思い浮かべる。それだけでも、お盆らしい時間になる気がします。
遠くにいる家族と、お盆の空気を分け合う
お盆の由来を知ってから、私は少し考え方を変えました。
「帰れないから何もできない」ではなく、「帰れなくても、お盆の空気は分け合える」。
たとえば、実家の仏壇や精霊馬の写真を送ってあげる。お盆の由来をちょっと話してあげる。そんな些細なことでも、遠くにいる家族にとっては「ちゃんと季節を感じられた」という小さな安心になるんじゃないかと思うんです。
もちろん、気持ちを形にして届けたいときもありますよね。海外にいる家族へのプレゼントの送り方としては、手紙や小包のほかに、最近はギフトカードを送るという選択肢もあります。アメリカにいる姪っ子のように、現地でそのまま使えるものを届けたいとき、海外送金や国際便を使わずにその場で相手が受け取れるのは、地味に助かる部分です。そうした選択肢の一つに、ソーダギフトがあります。
ただ、それはあくまで気持ちを届けるための一つの手段です。大事なのは、遠くにいても「今年もお盆だね」と、同じ季節の空気を分け合おうとすること自体なのだと思います。
おわりに
お盆は、もともと「帰る日」である前に「想う日」だったんですね。
今年、もし帰れない夏を迎えている方がいたら、無理に距離を埋めようとしなくても大丈夫だと思います。電話の一本でも、写真の一枚でも、お盆の由来をひとこと伝えることでも。
離れていても、同じ夏の空の下で、誰かを想う時間はちゃんとつくれます。
2026年のお盆、あなたはどんな形で、遠くの家族を想いますか。